3Dプリントで再現された“人間の皮膚”が、実験動物の代わりになる可能性
- 編集部
- 4月21日
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人間の皮膚の構造や特性を3Dプリント技術で再現した人工皮膚を、オーストリアとインドの研究者たちが開発した。化粧品などの成分に含まれる毒性を実験動物を使わずに評価する新たな手段になるかもしれない。
欧州では化粧品や化粧品成分の動物実験が、欧州連合(EU)の実験動物保護指令(Directive 2010/63/EU)によって禁止されている。このため、ナノ粒子のような微細成分の皮膚吸収性や毒性を評価するための代替技術の開発が喫緊の課題となっている。こうしたなか注目されているのが、3Dプリント技術を用いて皮膚の模倣体を人工的に生成する研究分野である。
このほどオーストリアのグラーツ工科大学とインドのヴェロール工科大学の共同研究チームは、人間の皮膚の3層構造と生体力学的な特性を再現した人工皮膚の開発に成功した。この人工皮膚は単なる構造体ではなく、生きた細胞を内部に組み込むことで細胞レベルでの応答を再現できるという。
「今回の成功は、グラーツ工科大学が長年にわたって培ってきた組織模倣材料に関する専門知識と、ヴェロール工科大学がもつ分子生物学や細胞生物学の専門性が互いを補うかたちで完璧にマッチした結果です」と、グラーツ工科大学の生体システム化学技術研究所のカリン・スタナ・クラインシェックは説明する。
人工皮膚のレシピ
人工皮膚の基盤となるのは、ハイドロゲルと呼ばれる含水率が高いゲル素材だ。ハイドロゲルは細胞の成長を促す環境の構築には適しているが、機械的な強度や構造的な安定性に欠けるという欠点もある。そこでクラインシェックらの研究チームは、細胞に害を与えない温和な条件下でポリマー同士を化学的に結びつけることで、素材の強度と安定性を高めている。このハイドロゲルを3Dプリンターで積層して皮膚の立体構造を再現するという流れだ。
このハイドロゲルには、ヒトの角化細胞(ケラチノサイト)などの皮膚細胞があらかじめ混ぜ込まれており、そのまま3Dプリンターで積層されていく。プリント直後から細胞は素材内部に存在しており、印刷された構造体を培養することで、徐々に組織のような状態へと成熟していく仕組みである。これにより、構造と細胞を一体化させた生体模倣が可能になる。
研究チームは今回、ハイドロゲルを構成する材料にナノセルロースファイバー(木材や草などの植物の主成分であるセルロースをナノレベルまで微細化した繊維状の物質)とカルボキシメチルセルロース(セルロースを原料としてつくられる水溶性高分子で、増粘剤や乳化安定剤、吸水材などに幅広く使用されている)を採用した。これらを天然由来の有機酸であるクエン酸で架橋(高分子同士を化学的に結合させること)することで、安定性を確保している。
3Dプリンターで生成した立体構造には、フリーズドライと脱水熱処理という2段階の後処理が施される。これにより立体構造の崩壊を防ぐとともに、ポリマーの結合を強化し、細胞が生存するための環境構築を図っている。最後に中和処理を施してクエン酸の残留によるpHの偏りを解消すれば、人工皮膚の基になるスキャフォールド(細胞の増殖や分化の基盤となる足場のこと)の完成である。
これを2〜3週間かけて培養して皮膚組織が形成されれば、初めて人工皮膚として認められるというわけだ。研究者たちによると、初期試験では架橋処理された材料は細胞毒性を示さず、機械的にも安定していることが確認できたという。
また、細胞は内部で正常に増殖し、皮膚組織のような構造を形成する傾向を示した。これにより、実験動物を使わずに化粧品成分の影響を評価するための現実的な代替手段としての可能性が見えてきた。
組成と構造の最適化が課題
今後の課題は、ハイドロゲルの組成と構造のさらなる最適化だという。より長期的な培養に耐えるとともに、人間の皮膚のバリア機能や代謝機能を模倣できるようにするためには、より精緻な層構造や血管を模倣した機能などの導入が欠かせないと、研究者たちは考えている。また、導電性素材や生体活性因子を統合することでも多機能化が期待できるという。
グラーツ工科大学とヴェロール工科大学の共同研究は、材料工学と細胞生物学という異なる分野の知見が融合した好例といえる。欧州における動物実験規制の強化を背景に、こうした生体材料の研究への期待は高まっている。今回のような人工皮膚が実用化されれば、その流れを加速させるきっかけになるかもしれない。
(Edited by Daisuke Takimoto)
WIRED

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